儀  仗 6

 菊間月朔日。星明りに照らされた朱雀門の下で、黒くて長い髪を後ろで一つに束ね、白い水干服を纏った少年が笛を手にしていた。化粧けわいを施した顔をいささほころばせ、指の腹で愛しげに手にしている笛の輪郭をなぞる。見目形、仕草こそはどこぞの御曹司と言っても差し支えはないが、彼は人ではなく朱雀門を拠点に闇で呼吸をしている眷族であった。

 「今宵、かの人は来やるか。」

 独り言というよりは、闇の中に潜んでいる何者かに問うような口調で彼は赤い唇に言葉を乗せた。

 「な〜んだ。口惜しいなぁ。折角驚かせようと思ったのにな。こんばんは。朱呑童子様。」

 闇の中から、もう仲秋だというのに柳襲ねの狩衣を纏った少年が、白い水干服を纏った朱呑童子と呼んだ者の前に立つ。その朱呑童子よりも頭一つ分ほど小さい少年は、丁寧にお辞儀をした。星明りの下でよく分からないが藍色の双眸と髪を持っていた。朱呑童子のように束ねてはおらず、肩甲骨辺りまである髪はまるで暴れ熨斗のしのように好き勝手な方向に向いていた。そういったことから、この者もまた闇の中で呼吸して生きている者だという事が分かる。

 「一人ではなかろう?」

 「そーだよ。葉裏は約束を守る。人間と一緒にするなや。」

 少々むっとして唇を尖らせ、ぷいっとわざとらしくそっぽを向く小さな少年。彼は自分のことを名で呼んでいるようで、朱呑童子に「葉裏童子。」と呼ばれた。

 「請われたから来たのだが、一体何用だ?」

 闇の中からもう一人の人物が姿を現す。桔梗襲ねではあったが、直衣なのか狩衣なのか判断のつきかねる出で立ちであった。前身ごろと袖は完全には離れておらず、蟻先ありさきはないが、ふくらはぎの辺りまでらんが垂れていた。が、指貫さしぬき穿いておらず、裸足であった。更に襲ねの色目に合わせるかの如くはなだ色の被衣かつぎを被っていた。しっかりと顔の半分以上まで覆っているので、口元くらいしか見ることが出来ない。そして腰には武器とも飾り太刀とも言えない刀を佩いていた。

 「んー?ゆきちゃんは巧みな舞い手だということを言ったら、朱呑童子様が見たいと言ったのだ。だから来てもらった。いやだった?」

 葉裏童子は後から現れたその者に向き直り、こりんっと首を横にかしげてみせる。

 「勝手に人の仕事を片付けた挙句、脅迫したのはどちらの御方でござりましょう?否も応もありますまい。」

 葉裏童子にゆきちゃんと呼ばれた者は、半ば独り言のように葉裏童子に問い返す。大人びた話し方をしているものの、声が高いが為に様になっていない。朱雀門の下に居るこの三人は子供の声といっても差し障りのない声なのだが、ゆきちゃんと称された彼の声が最も高く、言葉遣いと声に違和感を生じさせる。

 「はぁて。おびやかしてはおらぬが?」

 そう言いつつも、葉裏童子はくすくすと笑う。溜息をつく少年。そんなやり取りを朱呑童子は口の端に笑みを浮かべて眺めていた。

 埒が明かないと思ったのか、少年は被衣をすっと取り去って葉裏童子の手の平に落とすように手を放す。葉裏童子はそれを受け止め、その後その上に置かれた太刀を抱くようにして抱えた。

 「朱呑童子様には笛をお願い致しまする。そしてこれを――。ゆきちゃん、準備はいい?」

 朱呑童子は葉裏童子から渡された濃い艶を放つ、真珠のようなものを受け取ると額にすっとなすりつけた。するとその途端手にしていた珠はその雪のように白い肌に馴染むかのように消えてなくなった。

 三人の少年はほぼ同時にうしはくと、程好い距離を取り、各々の仕事を始めた。

 闇の中を滑るようにして生み出される笛の音。そして天から星火を手繰り寄せるかのように光を集め始める、蝙蝠を手に舞い手となった少年。二人を繋いだ存在は、今度は結界という名において二人を包み込んだ。

 朔月の下で、舞う者に、奏する者に、護る者に、夜風が応えた。

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